10. 北岳に来ただけ 

2007年 7月25日〜27日

 

日本で二番目に高い山は、山梨県にある北岳だ。3193m。
7月の25日から27日にかけて行って来た。
タバコをやめて約半年、体調は悪くない。

(1日目)
八王子 7:29 − 8:27 甲府 (中央線・スーパーあずさ)
甲府  9:00 −11:06 広河原(山梨交通バス広河原行き
                          1900円)

南アルプス林道を走るバスからの景色がスゴい。黒部のV字谷よりも
切り立ったような山々が続く。先が思いやられる。
途中、夜叉神で休憩があり11:06ころ終点の広河原(ひろがわら)
に着く。野呂川にかかる吊り橋を渡り、白根御池(しらねおいけ)小屋を
目指してひたすら歩く。この辺はまだ、そんなにキツくない。
北岳の山頂は雲にかくれていて見えない。

 

吊り橋から北岳をあおぐ(雲の中)

おっと、登山道に水が流れている。
転ばないように、気をつけて、石の上を渡る。
今回は使い捨てカメラとデジカメを持参している。

 

登山道、水

30分くらいで大樺沢(おおかんばさわ)と白根御池小屋への分岐点に
着き、後者の方へ行く。そこからは原生林の中、ひたすら岩と根っこの急登が続く。木のハシゴもある。見上げてもきりがない。
とにかく一歩の一段が高い。下りはいやだろうなーと思いつつ、休み休み登る。あまりにも同じパターンで、あきあきする。
それでもまだ限りなく続く。

ようやく傾斜もゆるくなり、再び流水の中を渡ると、やっと白根御池小屋に着く。バス停からは3時間ちょっとかかった。
時間的にはそんなに歩いていないのに、このキツさは、なんだ?

 

白根御池小屋

この山小屋は昨年建てかえたばかりなので、素晴らしく綺麗だ。
木目そのままの落ち着いた館内。トイレは自動で電灯がつき、洋式の水洗である。1泊夕食付き6700円。小屋前のテーブルで他の人とビールで乾杯。
 

むかいの鳳凰三山

夕食は5時。トリの照り焼きがとてもおいしかった。
消灯8時までの間、大部屋の人達と山の話で盛り上がる。
なんと百名山を登りつくした人もいる。すごいなぁ。
わたしはもっぱら聞き役だけど。
ケータイは圏外だった。
 

白根御池

(2日目)
朝5:30出発。小さな白根御池のわきを通り、草スベリという急坂を上の小太郎尾根めざしてひたすら登る。昨日とはちがうパターン。
まだましかな。シラカバもステキ。

 

花畑

そのうち低いハイマツと花畑になる。
3時間ほどで小太郎尾根に着く。今までとちがって西風が強く、寒い。
次々に押し寄せる雲の中、真っ白で景色は見えない。
北岳肩ノ小屋に向けて稜線を歩く。

そしてついに覚悟していた岩場。スゴい。ペンキ印はついているが。
近くに人はいない。どうしたものか。しばらく待っていたら、おバちゃん(失礼!)が1人でおりてきた。たずねたら、”足元をよく見て、登れば大丈夫だよ”と、やさしく、しっかりとした答えではげましてくれた。
ありがたい。
その言葉を胸に、勇気を出して1歩ずつ、両手両足でよじ登る。
足元を見て、次に手はこっちの岩をつかんで、ゆっくりと体を上げていく。
クサリもありがたい。キンチョーした時間が続く。
右側は急な斜面で、はるか下の谷底は見えない。強風すら、今は気にしている余裕がない。
けっこう長い岩場だった。ようやくクサリも終わり、一息つく。やれやれ。

それからほどなく北岳肩ノ小屋に着く。標高3000メートル。
まだ朝の9時過ぎだが、宿泊手続きをすませる。1泊夕食付き6500円。
状況次第ではその先の山小屋へ行く事も予定していたが、自分の技量を考えて、泊まりはここまでとした。
 

北岳肩ノ山小屋

早い時間なので、北岳山頂を目指す。ここもゆっくりと慎重に登る。
 

北岳(山頂はもっと先)

再び岩場になる。
そしてついに”ここは、無理っ”と思う岩に直面する。
困っていたら、近くにいた人が、”手はここの岩をつかんで、足はこっちに置いて”と実演してくれた。おかげ様で、何とかここは抜けられたけど、その先も岩場の連続。
一部始終を上から見ていた人が”この先、もっときつくなるよ。悪い事は言わないから、この辺で引き返したら。ちょうど晴れてきたし、ゆっくり写真でもとって”と言ってきた。
自分でも限界を感じていたので、全く素直に従う。
頂上を目前にして、残念ではあるが、ここまで来れただけでも良かったと思う。ホントに、”北岳に来ただけ”になっちゃった。
 

仙丈ガ岳

甲斐駒ガ岳は雲にかくれちゃったが、仙丈ガ岳がステキ。しばらく景色を楽しんだあと、岩場を慎重に下る。両手両足を使って、シリですべっておりる。
山小屋に着いてから、みんなに笑われたけど、いいのだ。
自分では満足したから。今回は、ビッグハイキングじゃなくて、まさに登山だった。さすがに第二位の高峰は立派だった。

山小屋前のベンチでビールを飲む。前夜知り合った人達も登って来る。
すぐ下に植えてある”キタダケソウ”も見に行く。とっても小さくて可憐な花だ。葉っぱが和菓子のようで面白い。
ケータイはAUのみ通じたらしい。

ここは普通の山小屋で、ストーブがありがたい。
ちなみに、わりあてられた毛布は全部日本製だった。

2階の大部屋で話に盛り上がっていたら、午後1時過ぎに突然の大雨。
屋根を叩いて激しく降りつける。んー、実に山の天気だ。
今、外にいる人は大変だろうな。

そのあと夕食の5時まで、下のストーブへ集まって山談義に花が咲く。
ここでも百名山を踏破した人達がいる。

と、”ブロッケン現象だー”の声。すぐに外へ出る。
谷からわいた雲に後ろから太陽の光が当たって、自分の周りに後光がさす、あれである。つばくろ岳で見て以来、2度目だ。
濃くなったり、薄くなったりを繰り返して、ずい分長く続いた。
写真には写らなかったが。

夕食は焼肉がおいしかった。ここも消灯は8時。

(3日目)
早朝、外は白一色。出発の仕度をする。
そして明るくなってきた頃、急に晴れてきた。紅色に染まった雲がキレイ。次々と頭の上を越えてゆく。

 

富士山

あっ、富士山が見える!てっぺんしか見えないけど、やっぱり来て良かった。
嬉しいな。
 

御来光

そして、御来光。甲斐駒ガ岳も仙丈ガ岳も朝日を浴びて輝いて見える。
あー、気がすんだ。山小屋の御主人にお礼を言って、出発する。
 

甲斐駒ガ岳

さー、今日は来た道を忠実に降りて帰るだけだ。
というか、ここからが正念場で多分キツイと覚悟している。
登りは勢いで何とかなるが、下りの方が慎重にならざるをえないと思う。昨日のおバちゃんの言葉をかみしめつつ、どんなに普通の1歩でも、足元をよく見て、確実に下りはじめる。軍手もはめている。

れいの岩場にさしかかる。シリをついて、両手両足で半歩ずつ、順にずり降りる。クサリもにぎりしめる。
晴れた分、足元からはるか下まで切れ落ちる景色がいやおうなく視界を占める。
ここで転がり落ちるのは絶対にイヤだ。
登ってきた時より時間をかけて、気をつけて下り続ける。
 

今の岩場をふりかえる

やっと平らな所へ着く。あー、やれやれ。
でもまだ油断する訳にはいかない。素晴らしい景色と清冽な空気、鳥の声に包まれて、山の雰囲気を堪能しながらも、足元には注意を払い続ける。ここから見る富士山もステキだ。

そして小太郎尾根から分岐して草スベリへ。
西風がさえぎられたので、防寒ジャンバーとウィンドブレーカーを脱ぐ。朝日を浴びた花々が昨日見た時より、キレイだ。
草スベリ、とは言っても何も草の上を歩くわけじゃない。ザレた登山道だけど、一度もスベらなかった。

あきるほどジクザグに下ったころ、下の方にようやく白根御池が見えてきた。この頃から、足に疲れが出てきた。ちょっと、ヤバイかも。
山を下り終えてからドッと出る脱力感が、まだ道なかばなのに。

カクカクになりながらも、白根御池小屋へたどり着く。
ここではタダで水が補給できる。トイレはチップ制。
現在、朝の8時。大事をとって、ここでもう1泊しようかとも考えたが、多分明日は足が痛くなると重い、先へゆく事にする。
ここから広河原発12:00のバスまで、なんと4時間もある。
がしかし、これが地獄の4時間となったのだ。

今頃になって、登頂を断念させてくれた人のありがたさが身にしみてくる。無理して山頂まで往復していたら、もっと疲労は激しかったろう。
休みながら、流水の所は石を伝ってぬれずに通れた。
そして、岩と根っこの急坂下り。スボンが汚れるのも仕方なく、両手両足を使いながら一段ずつ、ひたすらシリですべっておりる。
もう足、終わっちゃってる。歩けない。力が入らない。
マジでかなりヤバイ。せめて人通りの多いコースだけに、登山道からころげ落ちなければ遭難する心配はない。みっともないから、人が来た時は、立ち止まってやりすごす。あまりに休みながらで、今日じゅうに帰れるか、ヒジョーに不安になる。
やっと大樺沢との分岐にたどりつき、傾斜がゆるやかになる。
平らな所なら大丈夫、と急ごうとしたら、カクッと転んだ。
バスの時刻はどんどんせまってくる。本数が少ないのだ。次の便でもいいのだが。文字通り、さいごの力をふりしぼって歩く。数限りなく転ぶ。吊り橋を渡り、乗車券を買って、ギリギリで間に合う。
あー、生還できた。箱根駅伝の大ブレーキが、体でわかったようだ。

改めて北岳ってすごいと思う。
観光地化された富士山の次に、こんなに立派な山があって、体力の限界まで挑戦できた事は得がたい経験になった。
私には本格的な登山は無理だ。これからはもう少しちがった形で山とつきあっていこうと思う。
皆さん、ありがとうございましたっ。